福山城



2001年4月 福原利捷撮影

郷土の誇りである備後福山城は、駅のホ−ムからその全容を見渡す事が出来、観光客の目を楽しませてくれます。  備後福山城は、1619年(元和5年)に水野勝成が、備後10万石の領主となって築いた城です。本丸の石垣と筋鉄御門が残された状態から、その後、昭和40年代に天守閣・月見櫓・鏡櫓・渡櫓を再建、1979年(昭和54年)に往時の姿に修復され、今の美しい白塀の姿を現し、福山市の重要文化財と成っています。

天守閣は歴史博物館に、月見櫓と伏見御殿の湯殿は貸館、鏡櫓は古文書館、渡櫓は事務所として、それぞれ使われています。
関が原の戦い・大阪夏の陣の後、水野勝成の一行は備後の港町「鞆(とも)」に上陸し、鞆城・神辺城・「一国一城令」により福山城を築き、城を中核として城下町を発展させ、福山藩を形成して参りました。今日の福山市中心市街地市街地の基となっております。  「福山JR駅」と我が町「伏見町」は、福山城の城郭のお堀と、福山港の入り江を埋め立てた上に位置しているのです。昔 「伏見町」は「築切町(つっきりちょう)」と呼ばれていました。


安原清二撮影 #2

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福山市伏見町市街地再開発準備組合

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